アメリカに長く住んでいると日本ではおよそ考えられないことが起こるもので、日本の常識が通用しないことがしばしばです。

ある日本企業の駐在員は幼稚園に通う娘と一緒に風呂に入り、親子でふざけあっていた。日本ではよくある親子のスキンシップですね。ところがその娘が幼稚園でそのことを友達や先生に無邪気に話したところ、それが大問題となってしまった。幼稚園側は「幼児虐待」だとそのままその子を保護施設へ入れてしまった。(おそらくfoster houseと呼ばれる孤児院のような施設だろうと思います。) 父親は驚いて裁判所(court)に訴えた。娘を取り戻すのに一ヶ月以上かかったといいます。
これは子供にも人権・人格があり、たとえ親といえどもそこに立ち入ることはできないという訳のわかった様なわからない様な理屈からだろうと思います。

私もこれと似たような経験を持っています。
うちの場合は、息子(当時12歳)が娘(同3歳)に性的虐待をしたとあらぬ疑いをかけられたのです。娘はやはりfoster houseに入れると連れて行かれ、息子は私の目の前でポリスに、後ろ手に手錠をかけられました。私はそのとき、「何をするのか! それこそ児童虐待(child abuse)ではないのか」と叫びましたが、返ってきた答えは冷徹にも、「お前は法(law)を知らない」という言葉でした。相手がポリスでなければ私は飛び掛っていたかもしれませんね。
事の発端は、娘が近所の家に遊びに行った。そこの子供と遊んでいたのですが時間も長くなり、親が「もうおうちに帰りなさい。」と娘に促した。遊びに夢中になっていた娘は首を縦に振らなかったことにその母親は不審に思い、家に帰りたがらないのは何か虐待にあっているせいではないかと勘ぐったのがきっかけだったようです。
その母親はポリスに通報、駆けつけたポリスが娘に事情を聴く。事情を聴くったって相手は3歳児ですから誘導尋問(私にはそうとしか思えない)に近いものだったのでしょう。兄弟ですから喧嘩のひとつもします。それをポリスは曲解したようです。あるいは片親(そのとき私の細君はすでに他界)であるとか、または東洋人であるということで色眼鏡(差別)で見られたということが絶対無いとは言い切れません。
結局、最終的には事実無根、虐待はなかったということが判明し(私は「当たり前だ!」とポリスに向かって心の中で叫ぶしかありませんでした。)、深夜遅く二人は帰宅を許されたのです。

前述の例にしても、うちの場合にしてもそのために弁護士(layer)を雇い、余計な金と時間を使うことを強いられたのです。
殊にうちの場合、まったくの事実無根、誤認であっても謝罪のひとつもありませんでしたからね。
身に覚えのない罪で手錠までかけられた息子が受けた心の傷ははかりしれないものがあります。彼の人権は一体どうなるのでしょう。児童を虐待から救うはずの法律が、逆に児童を虐待する結果になっているのです。何か変だと思いませんか。

考えてみれば、アメリカという国がそこまで児童虐待に対して神経過敏になるのも、本当の意味での児童虐待が日常頻繁に行われているという事実があるからです。

アメリカは自由の国だといいますが、その分だけ責任と危険が伴う国でもあるのです。

この国は難しい・・・

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